大変ご無沙汰いたしております。
昨年の12月30日に無事12歳の誕生日を迎えたあんずですが、2月10日の夜にリンパ腫で息を引き取りました。
12年間病気知らずで健康そのものでしたので、二十歳のお祝いを夢見てたのですが、年末年始休暇で帰阪した夫が呼吸の異変に気付き、すぐさま近所の病院を受診する事にしたのです。
あんずは誰かが訪ねて来ると身を隠し、インターホンが鳴ってもソワソワするくらい臆病で警戒心が強かったので、病院に連れて行かれるのも相当なストレスだったと思います。
レントゲンと血液検査の結果、恐らくリンパ腫であろうと診断されたのですが、確実な診断は生検の必要があり、腫瘍の専門医のいる病院の受診を勧められました。
年始早々、レントゲンの画像と血液検査の結果を手に飼い主だけで専門医の病院に相談に伺い、リンパ腫は完治しない病である事と、抗がん剤以外の治療の選択肢はなく、それすらも長くて一年以内の延命治療にしかならない事を告げられ、生検で体の奥深くに針を刺す事すら踏み切れない私達は、様々な葛藤の末、苦渋の選択ではありましたが、あんずの寿命を受け入れる事にしたのです。
何度も痛い針を刺される苦痛と、あんずにはどこだかわからない場所で繰り返し味わう恐怖に加え、抗がん剤の副作用で吐き気や倦怠感に見舞われる苦しみをさせてまで命を繋ぐくらいなら、残された時間を住み慣れた我が家で穏やかに過ごす方が幸せだと思い、シロップのステロイドを処方されたので、シリンジで投与しようとしたのですが、シリンジに噛みついてきて悪戦苦闘の末、それも可哀想で続けられず、本当の無治療状態の中、45日と言う長いお別れの時間をくれました。
病が発覚してからの日々は、少しでも長くそばにいたくて日向ぼっこするあんずのそばで思い思いの時間を過ごした事は、お別れが迫ってるとは言え、何にも代えがたい至福の時でした。
この時間が永遠に続いてほしいと願う気持ちも虚しく、徐々に食が細くなり、水を飲んでくれた、排尿してくれた、ジャンプして椅子に上がってくれた、と辛さの中にささやかな喜びを見出す日々に変わり、見る見る内に痩せ細り、足元がおぼつかなくなりました。
小さくなった弱々しい後ろ姿、苦悶の表情を浮かべてる時間が増え、噛みつかれる事も、シャーと言われる事も無くなり、普段閉まってる扉が開く音がすると興味津々で飛んできてた好奇心旺盛なあんずはどこにもいなくて、段階を経てお別れしてくれました。
死期を悟ってたのでしょうか、この季節はいつもリビングにあるあんず専用の電気あんかで夜を過ごし、怖い夢を見た時だけ一目散にベッドに走って来る以外は一緒に寝る事はないのですが、息を引き取る前夜は早い時間から先にベッドにおり、半日あまりずっと一緒に寝てくれました。
最後の添い寝がお別れの挨拶である事はすぐピンときました。
ウチに来てくれてありがとう。
大阪平野が一望出来る山の上にある霊園で昨日火葬しました。
温かくて晴天の日にお見送りできてよかったです。
あんちゃん、12年間ありがとう。
お疲れ様でした。
天国で幸せに暮らしてね。
今まであんずのブログに温かいコメントをくださいました皆様本当にありがとうございました。
もう猫のいない暮らしになりますが、あずき、あんずとの暮らしは本当に心温まる幸せな日々でした。皆様の末永い猫ちゃんとの幸せな毎日を心よりお祈り申し上げます。