さて、ワシの絶頂期は続くわけだが。
ワシに影響され、犬を飼い始めた末っ子のご友人。犬の名はチャム。
散歩に行けば、通学途中の女学生に「サブちやーん!」と、声をかけられ、正確には サムなのだが、まぁ、良い。
近所の子は帰りにワシの隣に座って、背中を撫でていき、見ず知らずの人でも、ワシの腹を撫でて行った。いつしかワシは番犬とはなんぞや、誰もかれもに腹を見せる犬になった。別に忠誠心の表れではない。 若年性メタボの体型は横になった方が楽なのだ。しかしだ。この体型が災いしてか、ワシをタヌキと間違える輩がでてきおった。アライ家でさえもだ!
折しも、近所の神社にタヌキが出た時期である。
ある晩ワシの鎖が壊れた。アライ家は留守。ワシはこの世の自由を謳歌した。なんて清々しい!夜の静寂(しじま)。さんざめく星々。
しかし自由は孤独感を煽る。平たく言えば寂しくなったのだ。その時だ。遠いエンジン音、聞き覚えのあるカローラのエンジン音だ。アライ家だ!!ワシはその音の方へ駆け出した。西へ、西へ…。
車の中のアライ家の会話。
「前、なんか走ってくるよ。」
「タヌキじゃん?初めて見た!」
「…?」
「あれ?サム…。」…………。
ワシは走った。人恋しさにかられ、メタボ体型も忘れて風の如く アライ家を迎えに全力疾走。
ワシを見つけて車が止まり、ドアが開いた。ワシの出迎えをさぞかし喜んでいるだろうと 颯爽と車に乗り込んだ。と、いいたいが、腹が重くてなかなか乗り込めず、ちと苦労した。アライ家?笑いっぱなしさ。ワシの出迎えが嬉しくてではなく、タヌキかと思った〜。などと言って家に着いても笑いっぱなしさ…。
いいのだ。今はアイドルさえ お笑いセンスが問われる時代。笑われてなんぼってもんさ。笑ってくれて、愛されて、ワシは幸せだった。
弟犬のことだが、彼は知らぬ間に亡くなった。散歩に行く姿はついぞ見ず、いつも甲高い声で鳴いておった。鎖につながれたままの彼が幸せだったかは、ワシにはわからん。ただ、アライ家がもし、希望どうり彼をもらっていたら、あそこで鳴いていたのはワシだったのかも知れない。それを思うと切ない。弟犬の幸せをワシは奪ったのではないかとさえ思う。
そして月日は流れ、ワシは十歳になっていた。
続く