ワシは1989年の年の瀬も押し迫った頃、三匹兄弟の真ん中長男として誕生した。
姉犬は女にしては筋肉質で、ちょいと愛らしさに不足があった。弟犬は華奢で弱々しく、まぁ それが見る者の母性本能をくすぐったのだろう。女の子には人気があった。…ワシといえば、山賊のような野生味溢れた風貌、真っ黒な瞳、まぁ、大人のご婦人方にはわかる、なんとも深い魅力を持った子犬だったのだよ。
真実だ。
ともあれワシら三匹は仲が良くて、どこへ行くにも数珠のようにコロコロカラカラ一緒だった。その頃 生家の前の道がちょうど工事中で、車両通行止めのおかげさま、ワシらは我が道、我が庭といわんばかりに近所中を渡り歩いていたんだよ。あの頃は良かった…今より人がおおらかでな、だぁれもワシらを咎めもしなかった。中でも二軒前のアライ家の子供達とはしょっちゅう遊んでいた。大雪が降った朝は早く起きてアライ家の末っ子を学校まで送っていったもんだ。だのに、末っ子ときたら「付いてくるな!」と路地裏でワシをまきおった。そう、アライ家の子供達はワシより弟犬がお気に入りだったんだよ。ワシの魅力に気づかなんだよ。子供だったってことさ。
しかし世の中は分からない。なんせ、アライ家にひきとられたのは このワシなのだから。