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キャットアベニュー : ブログ

とまととすもものニャンコ横丁


とまと
とまととすももと母ちゃんにおっさんや亀やんをはじめ、かーやんやパンサー君、留学中のショボやんや新入りのぴーやも…そして何といちごとばじるまで加わってついににゃんこは4人となったニャンコ横丁のおもろすぎる毎日

とまと保育園だより・めごちゃんの訃報

[02/15 17:57]

ご無沙汰していました。

ご無沙汰の間のできごとです。
実家にゃんこの愛(めご)ちゃんがひと月前の1月14日午前1時10分、ばあちゃんに抱かれて大往生しました。23才と6カ月の旅立ちでした。
23年前に一緒に保護した…というか、我が実家に置いて行ったというか、とにかくそのおっさん友だちと私は休暇をとりばあちゃんと3人でここあ・らいむちゃんと同じ斎場へ行きました。これはばあちゃんのたっての希望だったので…。

そして我が家でとまと保育園のスタッフと園児たちにもお別れをしてもらいました。
ばじるンは一生懸命めごちゃんの顔を覗き込んでいるのですが、ただひとりめごばあちゃんに会ったことのあるとまと園長なのに、その視線が・・・微妙・・・にずれている。カメラを向けると、どうもめごばあちゃんの顔ではないところに視線が・・・???わかった!めごちゃんが持っていくまたたびジャーキーから視線が外せないようだった。こういう時まで君は・・・というのが我が家らしいところ。

とにかくめごちゃんよう生き抜いた!大阪城の噴水で出会った時、それは私の父の初盆8月15日の暑い日だった。たぶん生後3か月くらいだったんだろうか。顎は左右にずれてるし実家に来て3日3晩食べては寝るの繰り返し。それでも元気に育って19歳で亡くなった相方のアーニーちゃんとは18年一緒に暮らした。11年くらい前に肺炎で「もうアカンか…」とあきらめかけた次の日には復活してた。
そのとき撮ったレントゲンで初めて大たい骨に骨折の跡があることがわかった。大阪城でいるときの災難だったんだろう。それでも私を見て「助けてほしい・・」と寄ってきた。そして我が実家にたどりついた。あれから23年6カ月。ほんと、よく頑張って生きてくれた。ありがとうやで、めごちゃん。

老老介護をしてきたばあちゃんは毎晩めごちゃんを抱いていた腕の空間がさみしいにちがいないだろうけど、我が家の毎日の訪問保育で癒されている。・・・と、思う。

そんなわがとまと保育園の近況。


甘える園児を両手に抱えて保育に忙しいすもも先生。
園長はたぶん食糧確保に頭を悩ましているのだろう。



きれいに並んだ3人。ばじるンはすもも先生の体重をすでに超えてしまった。



とまと園長は食糧確保のために缶缶がたんまり入ったケースを引っ張り出し投げ倒した。なにすんねん!と理事長は思わず叫んだ。



水分補給も大事。しかし…園長のでかい顔はコップの水に届かない。残念…。



ベランダにいたサボテンくんがなぜか室内のベンジャミンくんの足もとに。びっくり!これはばじるンの犯行に違いない。いつもこのサボテンくんはベランダでサッカーボールに起用されている。そのたびに理事長・母は「も!痛いなあ!」とぼやきながら鉢に戻すのだが、サボテンくん育つ間もないほどサッカーぼるでいる時間が長い。気の毒だ。



そして園児2人は今日も仲がいい。





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